「時間がない」は言い訳 ”人生を2回生きる男”が語る、自由に生きるための時間生産術

 

 

「時間がない」は言い訳 ”人生を2回生きる男”が語る、自由に生きるための時間生産術

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多くの人は物事ができない理由について「時間がない」と語るが、侍学園スクオーラ・今人の長岡秀貴氏はその「時間がない」の声に対して疑問を投げかけます。限られた時間を使って、誰かに価値を提供することが自分の幸せにつながると説く同氏が、独自の時間生産術を紹介します。(TEDxSakuより)

【スピーカー】
認定NPO法人 侍学園スクオーラ・今人 理事長 長岡秀貴 氏

時間という限られた財産

長岡秀貴氏:たくさんいろんな人たちの素晴らしいお話を聞かれていると思いますが、そういう素晴らしいお話はできないので、このクマと会話する15分間をみなさんにプレゼントします。

(会場笑)

何をしゃべるか、今から君と考えようと思うんだよね。そうそう、4次元ポケットの話とか、チベットの話とかは俺できねぇし。ここでお話されたすごいことを成し遂げたような人たちと俺は全然レベルが違うし。そして今、会場の空気感じてるでしょ? 「最後にこいつかよ」みたいなね(笑)。

こういう空気もちゃんと感じ取っていくのが人の生きる道だということを君と話して15分間過ごしたかったんですけど、そういうわけにも行きません。誰にでもできるとは言いませんけども、僕も大それたことをやってきていませんし、あっという間に41年間の人生が過ぎてしまいましたので、その41年間で自分はこうやったらいいんじゃないかなぁということ、本当に微々たることですけど、みなさんにお話をしようかなと思っています。

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もう2分過ぎてしまいました。この2分を使うために、これ(クマ)を用意していただいたわけですけどね。じゃあ、本題に移っていこうと思います。

時間という財産。限られた財産をどうやって使って生きるのか? なんていう話をしようかなと思ってるんですね。自分が何を成し遂げたいのかとか、こういうことをやってみたいとかで人生を歩んできたわけではありません。やりたいことをやりたかったんですね。

実はこれをなんで用意していただいたかって言うと、こういうTEDxっていう素晴らしいシチュエーションもあるんですけれども、7年前に実は僕がどうしてもやりたくてやっていたイベントがあります。それは、本当にクマのぬいぐるみに僕が90分間ずーっとしゃべりかけるのを300人の方に見ていただくというイベントだったんです。そんなの誰も考えませんよね。でも、めちゃくちゃやりたかったんです。やりたくて3年続けたんですけど、うちのスタッフに潰されました。

(会場笑)

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客の顔ぶれが変わらない、自己啓発セミナー

今日ここにお集まりの方々も自分はこうしていきたいとか、こういうことやってみたいとか、こういう会社を作りたいんだよとか、こういう世の中にしたいんだよとか、たぶん色々と叶えたい夢があると思います。今ここでバッと発表したい方がいると思うので、挙手どうぞ。……あれ? TEDってそういう場所ですよね?

じゃあ、もう1回聞きます。今はイングリッシュだったと思うので、日本語に変えます。今ここで自分が叶えたい夢をちょっとしゃべりたいよ、っていう方、どうぞ。……あれ? これやるともう56秒。みなさん協力してください。

夢を叶えたいという思いは、たぶんみなさんあると思うんですよ。あると思うんですけど、僕のところにも全国からたくさんの人たちが「どうやったら自分の夢を叶えられるんですか?」みたいな話がいっぱい来ますよ。でも、色々話していると、なかなかそれを進めていかない人たちもいます。

講演で全国色んなところを回ってますけれども、自己啓発系のセミナーにもいっぱい行きます。そうすると、その地域に2年ぶりに行ったんですけど顔ぶれが変わってないんです。顔ぶれが変わってなくて、懇親会で話をすると話す内容も全く変わってないんです。そして、話を聞いていくと、自分がやりたいことをやって生きるっていうところにあまり精通していかない。

すごく難しいことを考えてるんですね。そして「わかっていても諦めなければならない現実があるんだよ」「君と僕は違うんだよ」みたいな、最後にキレられるんですけど。「いやいや、最初あなたが僕に相談を持ちかけたんではないんでしょうか」と思うんですけどねぇ……。

(会場笑)

「お金がない」「経験がない」「学歴がない」「才能がない」という言い訳

仕方がない。どんな諦めの理論があるかって言うと、こういうことです。まず「お金がありません」って言うんですね。お金がなかったら何もできないのかって言ったら、そうじゃないと思うんです。僕は高校の教員をやめて、無職で結婚をしました。食べさせていただくわけではありません。

そして、本当にお金がなくなってすぐに自分で起業をしたわけです。小さなショットバーをスタートしました。オープン日、僕の手元にあったのは725円です。それしかありませんでした。なので、初日に来た人たちには「お釣りがありませんのでありったけ置いて行ってください」とお願いしました。

(会場笑)

その日の売上5万円、それが僕の独立のスタートです。お金がないことはあんまり理由になりません。なかったら作ればいい。そして「経験がない」。僕はショットバーの経営もそうですし、出版社も自分で作りました。経験があったかというと、ありません。何があったかというと、やりたかったというだけです。そして、そこに対して自分が1歩を踏み出しただけなんですね。

「学歴がない」。僕の連れには中卒のやつらがいっぱいいます。素晴らしい企業を経営している中卒のやつもいます。学歴が本当に夢を叶えられるのかと言ったら、そういうことはありません。「才能がない」。何をもって才能とするのか。ちょっと前にタイムスリップするとですね、「ナンパ」の話をされてましたよね。あの方も才能ですよね。しかし、それが認められる才能なのか、そうでないのかっていうのは人それぞれなんですね。

そして、「そうは言ってもコネクションがないよ」なんて言う。これ、若い子はよく言いますね。「どうやったらネットワークを組めますか?」「どうやったらそうやっていろんな人たちと知り合えるんですか?」って。「飲みに行きなさい」って言います。どうやって作れるかじゃないんです。自分のほうからつながる努力をしない限り、絶対にコネクション、ネットワークはできません。

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できない理由No.1の「時間がない」は本当か?

しかしながら、「お金がない」「経験がない」「学歴がない」「才能がない」と言いつつも、1番出てくるのはこれなんです。

「時間がない」。

忙しいという声がものすごく聞こえます。学生から来るとショックを受けますね、君がなぜ忙しいのかと……。

(会場笑)

朝起きて学校へ行けばいいんでしょう? 90分間のコマ、何とかこなせばいいんでしょ? ましてや休講なんていうと喜んでるんです。「やったー、休講!」って。僕も4年間大学に行きましたけど、休講にはものすごくキレてました。お金を返してほしかったからです。そういう感覚で大学に通ってる子たちは今いないかもしれませんが、僕の通っていた大学の授業はざっと1年間の学費で割ると1時間5250円でした。休講の紙がペタって貼られると5250円が取られていくんですよ。だから講義もできるだけいちばん前で受けて、「この講義は絶対1200円だよ。お釣り返してほしいんだけど……」みたいなことを考えてましたね。

(会場笑)

学生が「時間がない」って言うのは非常に由々しき問題だなと僕は思っていますね。「時間がない」っていうのは、本当なんでしょうか? これが今日のタイトルの「時間は財産である」というお話です。どんな人間にも常に平等、常にそこにあるもの。僕も持ってないものありますし、日本人ですし、所属してる社会は日本国ですし。いろいろ違いますよね、世界各国で。でも、この地球上、この瞬間にも年齢、性別、そして国籍、人種も全てひっくるめて平等に与えられているものが1つだけあります。それが「時間」なんですよね。この時間から「生きる」と「働く」を考えてみたかったんです。

「24時間分割意識生活」とは

誰でもできるとは言いませんけども、本当にできませんか? ということです。僕流の夢のような人生を送る術というか……。僕、すごい苦労して高校の教員になったんです。教員はすごく楽しかったです。めちゃくちゃおもしろかったんですよ。だって学校行って授業して、生徒たちとワハハと笑って、お父さんお母さんたちと飲み会やって、決まった日にお給料が振り込まれてくるんですよ。こんな素晴らしい職業はないなと思ってました。

でも、どうしてもやりたかったことがあったので、僕は独立を決意したんですね。それが26歳の時です。この26歳で教員をやめると言った時に、誰もが反対しました。誰もが反対して、「そんなことできっこない」って言いました。そして、「それは無駄なことではないか」とも言われました。いろいろ言われたんですが、先ほども言ったように僕のやりたかったことなので、人の意見ではなくて自分の覚悟の方を選んでいきました。

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そして、僕がその時から考えていたことです。「誰も生徒が来ないような学校を作って、どうやって食っていくんだ?」って言われた時に、それに対する自分の理論武装として、この「24時間分割意識生活」というのを始めたんです。先ほどの夢を諦めていく「諦めの理論」の全てをこれでクリアしようと思ったんですね。

例えば、この会場にお集まりのみなさんにも平等に、僕らには24時間あるんですね、そして日本人ですから、学齢期を過ぎたらやらなきゃいけないこと、学生時代にやらなきゃいけないことがまずあります。

本分として、8時間の労働は、これはある意味やらないといけないですね。働かないんだったら、勉強する時間が8時間あります。そして生きていくためには必要な、6時間の睡眠時間。まぁ、だいたい1.5時間×何回か寝ればいい話なんです。あんまりいっぱい寝たからといって健康体というわけでもありませんし、睡眠時間が長い方が逆に寿命が短いなんていう話もあります。

ちなみに私は独立してからだいたい3時間の睡眠時間です。別に「眠てぇなぁ」とも思わないし、「体調が悪いなぁ」とも思いません。まぁ、だいたい6時間ぐらい寝ておきましょう。そして、ご飯も食べないといけませんので、ご飯食べてお風呂入ってサニタリーなんかをして、これを3時間とします。働いて、寝て、ご飯食べて、ってやればだいたい1日のことが終わりますよね。

「ライスワーク」と「ライクワーク」を分ける

はい、ここでみなさんに質問です。8+6+3は? これはバカにしているわけではございません。僕にもできる計算だという話です。実は、もう7時間余っているんですね。ここに着目をしました。食べていけなかったらば、食べるための仕事はこの8時間でやりましょうと。しかし、そうではない、もしかしたらお金にならない非営利の活動は、この7時間に費やそうと。こうやったとしても、僕は6時間ちゃんと睡眠をし、そして家族と3食の食事をし、お風呂にも入れるんです。

そして、家族を養うだけの「ライスワーク」もこの8時間でしっかりやる。同時にそれ以上のことをしたかったら、この7時間に着目さえすれば、諦めの理論は全て解消されるんだって僕の中では考えています。そしてこの7時間を見つけた人間が、実は2回人生を送ることができるんです。つまり、ダブルワークは可能だということなんですね。

簡単に言うと、ひとつは自分たちの生活を守っていくための「ライスワーク」にしていく。そしてもうひとつは自分の夢を叶えていったり、そして人のために何か時間を使っていくような生き方に使う。これを「ライクワーク」って僕らは呼んでいますけれども、好きなことを仕事にしていったってかまわない。この方式さえ使えば、どんな人でも自分のやりたいことを実現できるんじゃないかなと思っています。

自分の中にはウィークデーとホリデーっていうのはありません。月曜から金曜まではウィークデーで休日がありますという感覚は一切ないんです。あるのはワークタイムと、それからホリタイムです。1日の中で8時間働き、そしてもう8時間は自分の中で遊んだり休んだりする時間を作ることができています。やりたいことが見つかれば、またその生活に戻せばいいだけかなと僕は思っていますね。

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「してあげる幸せ」にこそ、もっと時間を使うべき

今日たくさんのスピーカーの方々もお話していましたが、この会場にいる100人の方々と僕の目標は違います。それぞれ、100人100通りあるんですね。しかし、目的は1つです。「幸せに生きること」。これが違う人はいませんね。不幸を目指している人間に僕は出会ったことがないからです。

そして3つの幸せ。ひとつめの幸せは、人は生まれてから「してもらう幸せ」を感じて生き始めます。ふたつめは、少しずつ成長し大人になってくると、自分で「できるようになった幸せ」を感じます。そして3つめ、人に「してあげる幸せ」を感じるわけですね。「してあげる幸せ」は3つの幸せの中でも最高の幸せなのではないかと僕は思っています。

そして、誰もが平等に与えられている財産です。これを今日は1番お話したかった。長野県は長寿国ですね。僕は月に1回沖縄に行ってますけど、沖縄からトップの座を勝ち取りました。「勝ち取った」という言い方はわかりませんけれど、今もう沖縄はトップ奪還のために躍起になっています。しかし、「健康長寿」に関しては沖縄と長野はかなりの開きがあるんですね。もしかしたら、僕らは100歳まで生きるかもしれません。でも、それはわかりません。

しかし尺度として、人生を100年とすると、我々の財産、お金よりも大事な時間という財産は、実は87万6000時間なんです。そして「してもらう幸せ」の期間、産まれてから成人するまでに社会や保護者に支えてもらう時間は17万5200時間です。人生の中の5分の1をその財産を使って生きていきます。そして、8時間寝たとしてです。睡眠時間も財産を使いながら行います。これが29万2000時間。

高齢の方でもピンピン働かれている方もいらっしゃるので一概には言えませんが、70歳から100歳まで、これも社会や周りの人たちから支えられて生きる期間だと考えると、これも人生の3分の1の29万2000時間を使います。では「してあげる幸せ」。我々が誰かを支えて生きる時間はどれくらい残されているかというと、実は11万6800時間しかありません。これ、睡眠時間を除いてですからね。これをギュッと日にちに換算すると、4867日。100年の人生の中で誰かのために使える時間を年数にすると、13年と4ヶ月しか我々には与えられていないということです。

誰かのために命を使うことが、自分の幸福感につながる

この財産、4867日。13年4ヶ月。みなさんはこの時間をどのようにお使いになりますか? そして、人は生まれた瞬間に人生の中で1番つらい体験をしています。我々は全員母親の子宮の中からこの世に生み出されてきます。その過程の身体的苦痛は人生の中でMAXだと言われています。

そして、その身体的苦しみから開放された瞬間、全ての五感が解放されます。これはもう未知との遭遇です。脳の中が全て不快指数でいっぱいなわけですね。そして、その不快指数を埋めるために、我々は「何者でもない自分を必要としてもらいたい」という欲求が初めて生まれます。

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母親に抱かれた時、助産師さんに抱かれた時、初めてその欲求が満たされ、そしてそれが脳の快につながっていると言われています。これは一生覆すことのできない、僕らが1番必要とする欲求なんです。「誰かに必要とされたい」という欲求を満たしていかない限り、我々の幸福感は満たされません。その方法はひとつです。誰かのために自分の命を使っていくことです。

命を使う、これを「使命」と言います。この使命を僕らはフルに使い切り、そして悲しみのない、そして命というものを最後まで全うしていく、そういう世の中を次世代の子どもたちに手渡す責任があります。今、震災から3年が経ちましたけれども、あの時に日本中は命に対して間違いなくスイッチが入ったはずです。

しかしながら、同時に憤りも感じました。あの津波で奪われた3万人の尊い命と、それから10年間黙殺されてきた「自死」という形でなくなっていく命、僕は同じ価値だと思っています。それまでは日本中、その死に対してあまりフォーカスをしてくれませんでした。震災を元に、それが伸びていった時、人々は生命に対して色んな思いを持ってくださったはずなんですが、時とともに、財産消化とともにその思いは希薄化しています。

だからこそ今、日本はこのことに対して、自分の命を使っていく人を1人でも増やしていかなくてはいけないのかなぁと。そのために僕らはこの活動を続けていますし、そして今日みなさんと出会ったのかなと思います。このシンクロニシティに感謝しつつ、みなさんのこの財産をどう使うか、これからも色々と情報交換していけたらと思います。ご清聴どうもありがとうございました。

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